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2013年4月24日水曜日

舞台美術家の人、舞台衣装の人とお話

昨日は舞台美術家である私のパートナーと
群馬大学のワークショップリーダー養成でしりあった
青年団の舞台美術家のスズケンさんを引き合わせる飲み会でした。
途中から舞台衣装のユキさんも一緒になって
4人でお酒を飲みました。

お話を聞いていてどこも問題点は一緒なのかな、と感じながらも
知らない世界がいっぱいあるんだ、と改めて思わされませいた。

共通する問題点として思いつくのは下記の3つ
・業界自体が閉鎖的
・越境しておもしろいことをしたい
・50代くらいの人が元気で強い

業界の閉鎖性というのはどの業界もあると思うのですが
閉鎖しているからこそどこの業界も独特のものがあって面白いと思うので
なにか、とんどもない関係のない業界と業界をつなぐ会とかやりたいな、と思います。

50代の人が元気、というのは
その方がたが業界を作ってきた自負もあると思うのですが
若い世代としてどうしたら一緒になにかできるのかを提案していきたいです。

稚拙な文章ですが、ちょっとずつリハビリ的に
書くことを大事に更新しようと思います。

昨日の写真。


2013年4月21日日曜日

ブログ再開します

去年もこの時期に思い立って一件書いて頓挫していますが
年度も改まったのでブログを再開しようと思い立ちました。

ブログをやめた理由はいろいろありました。

・疲弊した
それまではすべての自分の日常を日記形式で綴っていたのですが、そういう生活をしていると体力的に断らなければいけないものもすべて受けてしまって、一昨年、去年はちょっとかなり疲弊していたな、と思います。

・NPO法人デジタルポケットに活動がうつった
うつる前は自分を広告塔にしていかないといけないな、と思い、その努力の一環でブログをつけていたのですが、法人につとめるようになり、そちらの生活を中心にしました。

今年は改めて、自分をメディアにしていって、法人の仕事以外も紹介し、様々な友人知人をつなぐ役割ができたらな、と思っています。

まだペースがつかめないですが、なるべく長く続けられるようにがんばろうと思います。

で、はじめの記事なのですが

今日、知人の慶応大学小児科の先生が、入院している自動が初音ミクが好きで、だから、自分も勉強している、という記事をフェイスブックに投稿してました。で、勉強してみたら面白い、と。特に香港、台湾のライブがおもしろい、と。

それで、私も先生がいうなら見なければ、と思ってみてみたら驚かされました。初音ミクのライブはバックバンドが人間なんですね。

と、ここまで書いたらなんだか、書くのがつらくなってきたので、続きは次にします。
驚いた動画はこちらでした。

(すごい尻切れ)

2011年6月10日金曜日

昔のぼく

ここ何ヶ月かは毎週水曜日は近所の小学校で小学生と遊ぶ日にしています。
行く日によっている子も違うし、遊びも変わります。
鬼ごっこ
バトミントン
サッカー
手品
お絵描き
フラフープ
遊具遊び
大縄跳び
(写真は虫取りでとった蝶々)

この前言ったときに小学校3年生の男の子からサッカーをしよう、
と誘いをうけました。
ちょっと小太りで動作もきびきびしていなく
サッカーをしようというのにその日は男の子は彼だけです。
校庭に移動してPKのような感じで私がゴールにまわり
彼がシュートする役目になります。
ボールさばきも全くダメだし
シュートもしょぼしょぼだし、
蹴る前に僕の30センチ前くらいまで近寄ります。
そんなシュートさすがにとれない(僕が運動がダメなのもありますが)。
でも、ゴールをとるとすごく誇らしげな顔をする。

こっちからボールをパスすると彼はかならず
足のつま先を上げて足の先と地面でボールを挟むようにしてボールを止めようとします。
足を横にしてゴルフのドライバーみたいな形で止めた方がとめやすいのに
必ず正面からボールをとめようとします。
そして失敗する。

それを見ていて小太りだった小学生の自分
ボールを足を横にして止めることを知らなかった自分を思い返しました。
僕は今は足を横にしてボールを止めます。
だれかに習ったのか、自分で気づいたのかわかりません。

今日のところは彼にこの止め方を教える気にはならなかったので教えませんでした。

彼は汗だくになってました。
途中で転んでちょっとした怪我をしましたが
それを凄い大事なようにいっていました(なのに傷口に土をかけようとする)。
帰り道には乾いた汗に気持ちいい風がふいてました。

2011年4月19日火曜日

時々振り返る

僕は本当に歩くのが遅くて
早く歩くこともできるのですが(急いでるときとか)
だいたいダラダラとゆっくり考え事をしながら歩きます。

何ヶ月か前に大学院の授業でお互いの印象を指摘する
ワークをしたのですが(写真)
その時は多くの人が僕の歩き方を指摘しました。
なにやらドラえもんみたいに歩いているとのこと。
自分では黒人みたいに歩いているつもりなのに心外です。

そういう話を友達としていて
「僕はしかも時々立ち止まって振り返ったりするよ」
と言ったら爆笑されました。
そうか、ふつうの人は歩いてたら立ち止まって振り返らないのか
そのとき思いました。

でも、なんか感じたら一回立ち止まって
後ろとか見ると面白いですよ。
風景が全然違って。

でも、急に立ち止まると後ろの人にぶつかられるので注意です。



2011年3月31日木曜日

部屋のサクラが咲きました!やった!

震災が起きてから3週間近く経ちました。
私は震災のときは会社にいて、会社はビルの半地下にあるので
揺れたといってもそんなには揺れませんでした。

あのときはまだ寒かったですが、
昨日の陽気につられて我が部屋のサクラが咲きました。
先週の水曜日に近所の小学校の放課後クラブにいったときに
サクラの木にフリスビーが引っかかってしまい、
それを取ろうとボールやなんやらをサクラに投げたときに
折れて落ちてきた枝です。(写真はみんなでフリスビーを見上げてる)

今年は花見も各地で自粛、遠慮というニュースが入ってきています。
私の部屋にはサクラがあります。
でも、私一人でこのサクラをみて、酒を飲んで何が楽しいでしょう。

今回の震災の後に買い占めや風評や、いまだに原発のニュースが飛び交っています。
急いで何かをしないとという人も多く見ます。
その情報収集能力、責任感を私はちょっと見習いたいと思う反面、
みんな不安で不安でしようがないのだな、とも思うのです。
買い占めたってものの絶対量はかわらないと思う。(商品によりますが)
買いそびれたら分けてもらえばいい。
別のものでどうにかすればいい。
原発のニュースだって自分が判断できないなら誰かを信じるしかない、
どこかで誰かを信じないと安心なんて出来ないと思います。
だからといって国を100%信じろというわけではないですが。

私の周りの人は割と落ち着いています。
その落ち着きが私を落ち着かせます。
私は近い人は信じてるし、信じるに足る素晴らしい人が周りに多いと思います。
だから、私の落ち着きで誰かを落ち着かせたい。
私の行動は私の不安を解消するだけのためではないのか、
私の行動は普段の仕事のように、誰かのためなのかを自分に問いたい。
国にも自分にも冷静な疑いは持ちつつ、です。

独り占めにしたサクラでお酒を飲んでもあんまり楽しくありません。


早く大きなサクラの下でみんなとお酒を飲みたいですね。

2011年3月1日火曜日

うさん臭い言葉〜くしゃみが出る〜

科学的にいうと、とか
最近の研究であきらかになったんだけど、とか
そういう言い出しの言葉は
その接頭語で簡単な説得力がつくから
とてもうさん臭いと思っていたのですが

同じように
アフリカのどこかの部族では、とか
アジアの山岳民族の中では、とか
も最近は結構うさん臭いなと思い始めました。

昨日自分が「アフリカのどこかの部族では」と言い出して気づいた。

2011年1月26日水曜日

満員電車は喜劇の連続

私のこの一年くらいは武蔵野台(地元)と渋谷の往復で
だいたい渋谷の23時くらいの電車に乗るんだけど
めちゃくちゃ混んでるわけです。
で、1月前半なんて新年会の時期で
飲み屋で満足できないテンションを電車に持ち込んできます。

井之頭線の一番渋谷よりで吉祥寺行きにのります。
乗車ホームから乗って、まだドアが開いている降車ホームよりの角に陣をとると
私の横に「他人のフリをしよう」と若い男性が陣をとりました。
ぞろぞろぞろー、っと人が入ってくるのですぐに電車は満杯。
そうすると後ろのほうで大きな声の男一人、
笑いを共有する人二人のグループがきました。
みんな私服、歳は20代前半から後半かな、
仕事の話しをしているけど、流通の話しもしてるから
小売りか何かの仕事をしているんでしょうか
スノボーが好きそうな感じ。
「やまちゃん、やまちゃんはかわいいな、やまちゃん、やまちゃん」
電車が発車しようとするところで
実はこのグループには一人女の子がいて(私の真後ろに立ってた)
「やまちゃん、やまちゃん、やまちゃん、やまちゃーん」
気持ち悪い甘えた声で大きな男が連呼するもんだから(10回くらい言ってた)
おかしくなって笑ってしまいました。
そうしたらそのグループに拾われて
「すいません、こいつら酔っぱらいで」とか謝られて
いきなり小声になるが話しは全然止まってない。
「いいです、いいです」と流しながら本を取り出して読もうとすると
「やまちゃん、やまちゃん、やまちゃん、やまちゃーん」(小声で)
とまた始まって吹き出す。
「(男に)ほらぁ、またツボにはいっちゃっただろぉ、
(私に)もう本なんて読めないっすよ、しまって下さいよ」
なんで本を読む事を止められるのかはよくわからないが
本を読む事を止められ、以降、ずっと観察する。

やまちゃんは美人ではないが愛嬌のある小さい女の子
男友達が多そうな、いやみのない、キュートな娘。
でも、左の薬指に指輪をしているし、結婚はしているのかもしれない
一番うるさい3人グループの他に他人のフリ1名、
あと本気で立ち寝してる人1名の6人がこのグループの全貌。

「やまちゃんは三段落ちだからね、山三つだから、トントントン、と」
とか、分け分かんない事を言っていて
なにやらやまちゃんは山崎ミツコだから、三段落ちらしい、くだらない
先の居酒屋でもりあがっていたのだろう。

明大前に着きそうになると「こっちのドアがあくんだよ」と
一番酔っている男がすごい確信をこめて全く逆のドアを指差す。
一年以上、渋谷と明大前を往復している私にとっては
この確信をこめた間違いがまた面白くて大爆笑。
明大前についたらドアがあいて、散り散りに別れてしまった。

私はこういう帰り道が好きです。
私がこの日読んでた本はスタニスラフスキーの「俳優修行一部」でした。
このタイトルに突っ込んでもらいたかったなー
と思いつつ帰りました。

写真は調布の駅

2011年1月19日水曜日

覇気を纏ったおじさん

中学生位から
やくざに追われた事がない人は大物にならない、と信じていて
で、私はやくざに追われる経験がないまま幸せに31になってしまいました。

この前、ある打上げで、年上の男性から
中学生のときに同じ中学の片目の先輩と
学校ではなくツバキハウスで知り合いになったというエピソードを聞きました。
その人は二十歳の時に大物の女に手を出して
西成に一ヶ月身を潜めたらしいです。
私よりも20歳弱年上の人です。
いま、片目の先輩なんていないいですよね。
女問題で一ヶ月身を隠すってないですよね。
いや、人によってはそういう人生を歩んだ31もいるんだろうけど

7年くらい前に
新潟の酒屋の息子の実家の家に泊まりにいきました。
いろんなエピソードは聞いていていました。
そいつの親父がどれだけ怖いか、また、どれだけ丸くなったか。
でも、いざ泊まると、丸くなったにせよそのオーラは健在でした。
風俗街の酒屋の店主なのですが、20代中盤の私が怖くて声をかけれませんでした。
ワンピースのルフィしかり、気絶しないように気を保つのが大変なくらいでした。

同じく7年前にボイスパフォーマーの巻上公一さんのワークに出た時の事を思いでします。
「巻上さん、私の印象はどうですか?」
「んー、覇気がないね」
そうだよね、覇気がないね、と私はその時ひどく納得したのでした。

今の私の覇気はどれくらいでしょうか。
多分、7年前よりかはいいとは思います。
でも、昔はとんでもない覇気をまとった人が町中にいたもんです。
もう声もかけれないくらいすごいオーラをもったおっさんが。
そこまでいかないでも、大人として覇気は纏いたいな、と思います。

纏うっていいですよね。
ワンピース、すごい。
最近は縁って言葉も使ってるし。

2011年1月13日木曜日

青学の学食でカレーを投げる

外苑前のビクターのところのトンネルの上は墓らしい。
墓の下にトンネルを作るなんてかなり大胆だ。
案の定、あのトンネルには幽霊がでるという話しが絶えないらしい。
友人が何年か前にあの界隈に住んでいたという。
ある日、外苑前の飲み屋に行くと坊主が何人か飲んでいたという。
「今日、またトンネルでおどかしてやったよ」
え?
あまりに聞き捨てならず、話しかけてみると
どうやら外苑前の幽霊はこの坊主達だったという。
「あまりに修行生活がすることがなくって、すいません」
謝られてもしょうがない。
しかし、彼らが脅かした例以外のケースに関してはもちろん彼らではない。
「幽霊なんかどこにでもいますからな」
彼らは言う。

私は取手の無差別傷害事件でとても大きいショックを受けた。
なぜなら取手は芸大があって、あの取手アートプロジェクトもあって、
一番、そういった無差別事件とは縁遠いと思っていたからだ。
でも、あの事件が起きた。
続報があまりなくて、いまどうなってるのかわからない。

あの事件はどこでも起きうるんだろうな、と思う。
朝の通勤ラッシュでも
オフィスに向かう満杯のエレベーターでも
ただ渋谷の雑踏を歩いている最中にも

私はお金がないのでよく自分の大学、青学の学食で食べている。
昼間、とくに12時20分あたりなんて未来の明るい大学生だらけだ。
もし、この時間帯にストレスの溜まったとち狂った学生が
自分が頼んだカレーライスのカレーを満杯の学生に投げて回ったら
人の学食を無差別にひっくり返して走り回ったら
家で用意した大量の納豆をかわいい女の子にかけて回ったら
そんな事件が起きたらどうなるだろうか。
めちゃくちゃ怒るだろう。
でも、クリーニング代、もしくは、あたらしい服を買えば
まあ、すむ。

もし、無差別に人を刺そうと思うなら
日常生活と人を刺す行為の間に
上のような学食が存在してもいいと思う。
外苑の坊主がいても私はいいと思う。

2011年1月6日木曜日

ビッグイシューの人とどう関わるか

私はよく電車に乗ると座りたがる方なんですけど、
身体の不自由そうな人や、高齢者を見つけると素直に席を譲る方だと思います。
この前、中くらいの混み方の電車で
自分の向いの席の前に結構腰の曲がった老人が入ってきて
譲ろうと思うんだけど、譲って欲しそうな気配でもないし
私に背中を向けているし、でも、腰は曲がってるし、で
何も言わないで立つと他の関係ない人が座りそうだし、、、
と、二駅くらい迷ったことがありました。
そうしたら私の右一個飛んだ席のおじさんが
立ち上がって声をかけて席を譲りました。
「そういう手があったかぁー」って、
やられた感じがしました。
でも、老人は座るのを断ってましたが。

そこにいる人を無視しないでどうかかわるかっていうのは
結構考えます。
地味に薦めてる行為なんですが
ティッシュ配りのティッシュをちゃんと断る。
ティッシュ配りの人っているのにいないものだと思われてますよね。
あれを見過ごしてると自分が人をないがしろにしてる気がして
何年か前から手を開いて、勢いよく出して、ビッととめる。
ちょうど工事現場の「あぶない!」のキャラみたいな感じですね。
そうすると向こうも渡す前に手を引いてくれます。
ちゃんとコミュニケーションがとれるので面白いです。

で、いま悩んでるのがビッグイシューの人とどう関わるか。
宮益坂を登り切ったところに最近毎日立ってる方がいて
とくに何も言わないでビックイシューを掲げて立っています。
これは見過ごせない。
でも、買う気になれない(読まなそう、+購読することになりそう)。
「よ、がんばってるね」とかも言えないし。
どういうような一手が考えつくか
明日もビッグイシューの人の前を通りながら考えるでしょう。

おみくじが大吉でした。
関係ないですが。

2010年12月12日日曜日

文章が、書けない

文章が書けなくなってしまいました。
自分が何が言いたいのか、なんで言いたいのか、
自分に尋ねてみてもうまく言葉になりません。
そして、言葉もうまく話せなくなってきました。
日常会話は問題ありません。
ただ、私が自分に求めるレベルが高くなったのだと思います。
この一年間、いろいろなものを見て、聴いて、触って、
嗅いで、味わって、感じてきました。
なるべく自分に正直に、やりたいことをやり、
やりたくないことをやらないようにしてきました。
いちいち自分に理由を求めるとやりたいことも出来なくなるような気がして、
なるべく言葉に頼らずにやりたいことをやったつもりです。
その結果、今度は言葉に頼りたくなりました。
自分の経験したことから共有したいことを人に知ってもらいたい。
そして、言葉で説明することによって自分の立ち位置も認識していきたい。
これから私は言葉で自分を再構成しようと思います。
私の今の書ける文章の限界はこの程度です。
もっと長く、もっと正確に、もっと早く、もっと上手く。

向上心を持って臨めるラインにやっと辿り着いたのだと思います。

2010年9月5日日曜日

女の現実は変わるのか?


女は現実的だ、っていうよく聞く言葉から
膨らませて書きます。

イメージとしては若い女の子が
結構、あっさりと一定の収入をもってる人と結婚しちゃう時に
使う台詞だと思われますが、
この”現実的”の”現実”はどういうことなのか
ふと考えました。

10年前くらいなら生活力だけでもよかったのでしょうが、
いまはそれだけで現実を見る目がある、とは言えなさそうですよね。
年収があっても、育児放棄されたり、DVされたり、異常な性癖があったり、
生まれた子どもが年金目当てに自分の死亡届を出さないかもしれません。
そうすると女が現実的ならば
その現実はいまや変わっているんだろうと思います。

正解はあります。
多分、女の人それぞれだ、になると思います。
でも、あえて一つの現実を追い求めるとなると
現実的な女の子の描く将来とは
母親の卵が描く将来とは
どんなものなのでしょうか。
個人的な希望ですが、
それでも、ここには一つは答えがあってもいいと思います。

私はいま資本主義でも脱資本主義でも
偏った道ではない第三の生き方を模索してますが
そうであっても幸せな家庭やマンションや一戸建てに憧れる自分もいます。
そんなものは放棄しないといけないですよね
少なくとも思ってもしがみついてはいけないですよね。
いかんせん第三の道なんですから
でも、よくよく考えると浮かぶのは親の顔なんですよね。
つまり、母親は現実的なことを思い描いています。
第三の生き方なんてどうでもいいと思います。

だれであっても自分の親は大事だと思います。
起業家になれ、という意見もそうですし、
個性的になれ、という意見もそうですし、
夢をみろ、というのもそうですが、
若者に対する期待は大きくても
息子、娘たるもの親の気持ちも尊重したい。

現実が変わるのは難しいことだと思いました。

写真は私の姪がつくったアート作品

2010年8月9日月曜日

石を投げられる程度の人


疲れて家に帰ってくると
弟が姪に対して
「モノを投げるな」といって怒ってる。

泣きわめく姪。

思えば、私は姪にモノを投げられたことなど一度もない。

子供にモノを投げられるような奴は
大人からもモノを投げられるような
なめられる奴なんだよ、弟。

そういう風に自分の娘に接してほしい。
顧みて、その都度気づいてほしい。

世の中親になるほど出来た人間はどれほどいるのだろうか。

2010年6月9日水曜日

綱島の城・ラピュタ


ちょっと普通の文章も書こうと思います。

えー、っと、去年はよくメガロシアターの稽古で
大倉山までバイクで行きました。
綱島街道を走って往復するのですが、
曇りの日は日吉のあたりから前方にラピュタが見える。
ちょっと目を疑いますよ。
天空にきらびやかな光が浮いているのです。
なんのことはない、武蔵小杉の高層マンション群なのですが。

今の武蔵小杉の風景は
例えば、地球儀に画鋲を刺すとするじゃないですか、
その地球儀に住んでいたとしたら
無造作にさされた針はこんな風に見えるだろうな、
と感じます。

でも、私、高層マンションに住みたいです。
そんな生活はもう叶わないでしょう。
十代の半ば位から「渡辺君はなんかしそうな気がする」と言われてました。
今も「渡辺君はなにかしそうな気がする」と言われます。
でも、なにかしそうってもう30ですよ。
たぶん60になっても「渡辺君はなにかしそうな気がする」と言われそうです。
来世がんばります。

で、他にも高層マンションに住めない理由があります。
それはあの高い階層性のせいです。
私は嫉妬深い、というか、ひがむことも多いのですが、
あの高さは住んでる人のステータスも表すわけですよね、多分。
そうするとエレベータに乗り合わせて
私が6階、他人が12階、もう一人が37階とかだと
如実に自分のマンション内での地位を自覚させられてしまう気がするのです。
そんなヒエラルキーに晒された生活って辛いだろうな、と思います。
上もいるし、下もいる、そういった現実を
構造的に、身体的に自覚させられる状況っていうのは
どうなんでしょうか。

2010年5月13日木曜日

美術館なんていらない




時々、世界がくっきり見えるような気持ちになる時がある。
別に悟った(シャカった)とかそういうわけじゃなくて、
文字通りものの輪郭がはっきり見えるような時。
今日もそうでした。
で、そういう時に特徴的なのってやっぱり木なんだな。
木の葉っぱが光をうけて閃いているときに
世界がくっきり見えるような気持になるんだと思います。

ルオーの油絵の話をします。
割と私はルオーの作品が好きです。
何年前かにルオーの展示を現代美術館に見に行ったときに
上に書いたような気持ちを受けたことがあります。
油絵で、キャンバスに定着しているはずなんだけど
絵の表情が絶えず閃いてるんです。
これには興奮しました。

今日、思いだそうとして思い出せなかったんですが、
誰かが「美術館にいくのは鑑賞のためでなく確認のためだ」と言ってました。
「これ、モナリザだよね」
「そう、モナリザだね」
のように教科書と同じものが飾られているのを確認してるだけだと。

いや、でも「美しいもの」はやっぱり日常にあるんだと思います。
ルオーもこの木の閃きのようなものをやりたかったんだと思うんだな。

確認するための美術館にとどまるのなら、
美術館にいくよりも今日みたいな日差しと木の葉の方が
興奮させられると思った。

いや、本当に今日の木の葉はすごかった。

2010年5月1日土曜日

鯉のぼり


夏が近づいた気配をいいことに
大学院に行く道すがら、ビールを飲んでいる。
昼間からこんなんでいいのかな、と
見上げると青山劇場の前に、立派な鯉のぼり。

鯉のぼりみたいに風にねじれてる
今の私の姿を皆様なら
どんな風に考えるでしょうか。

鯉のぼり、風が鯉のぼりを
通り抜けるみたいに、辛い、悲しい、苦しいも
私を通り抜けるだけ、
別に私のものじゃ、ありません。

と、これは鈴木亜紀(http://suzukiaki.com/)さんの
歌の歌詞を今日の私に置き換えたものです。

まだ発表されてないけど、たしか「鯉のぼり」という歌で
とても素敵な歌ですが、流通はしてません。
メロディーもつたわらないですが、
流通していないこんなに素敵な歌があるということが
なんだか夏をもっと楽しみなものにしてくれます。

二番もすごいでよ。

ビールと言えば、私はビールと違うから
初めの一口で、一口で全てを決めないで

昼のビールは気持ちがいいですね。